小沢健二「お茶でも飲みましょう」について

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ずいぶん久しぶりの更新です。ログインしてみたらWordPressもバージョンアップが来ていました。

オザケンがナタリーのタクヤさんとスカイプで話す「お茶でも飲みましょう」というイベントをやるそうです。『我ら、時』の一般販売に合わせた販促イベントらしく、お店で購入した人に先着で配るのが基本だそうです。すでに購入済みの人はメールで申し込めば抽選で当たるそうですが、ライブ以上に狭き門になっていそうですね。

ナタリーのタクヤさんと言えば、オザケン本人にも言及されるほど濃いひふみよレポートを書かれていて、『東京の街が奏でる』の開催発表をしたUstream中継でも話題に登っていました。それがなんと今度は本人とトークイベントをされるというのですから、長年オザケンの音楽を聴いていたものとしては羨ましくてなりません。

画像は一般販売時に付くようになった特製小冊子「Believe/文学のテクノロジー」です。『我ら、時』でオザケンが朗読していた文章が収録されているのだとか。欲しいです。

新しいiPadを買いました

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初代iPadはモバイル用に発売されてすぐに買ったのですが、いまいち使い勝手が悪く、最近はケースに入れたまますっかり放ったらかしになっていました。

基本的にはとても使いやすいと思いますが、文字入力周りのストレスが高すぎたためあまり使わなくなってしまいました。購入前はBluetoothキーボードと合わせて持ち運ぶつもりでしたが、なかなか良いキーボードがありません。iPad用のキーボードは縦置きしかできず持ち歩くのはあまりに大きく、アップルのBluetoothキーボードはiPadの支えを別に必要になります。バーチャルキーボードで済ませようにも、どこを押しているのかわからないから打ち間違えが多いですし。

こうなってくるとせっかくのシンプルさも、制約が多すぎると感じるようになって、結局は室内でウェブの閲覧程度にしか使わなくなってしまいました。

ところが、先日久しぶりに電源を入れOSをバージョンアップしたところ、この文字入力の不便さが大幅に改善されているのに気づきました。以前はキーボードは画面いっぱいに広がっていたので、横持ちにすると真ん中の「G」や「H」を押すには指をいっぱいに伸ばさなくては届かず大変でした。ところが、キーボードを左右に分割できるようになったため、親指だけで十分快適に文字入力ができるようになっていたのです。打ち間違えが多いことに変わりはないのですが、それでもちょっとした文章を書くのには十分なくらいです。

しばらく初代でほんとに使えるかじっくり試しましたが、さすがにレスポンスが遅くなっていたこともあり、発売されたばかりの新しいiPadを買うことにしました。どうせならiPadだけで済ませたかったので4G付きも考えましたが、MacBook用のPocket Wi-Fiもあるし32GBのWi-Fiモデル(白)に決めました。

初代iPadはもちろん、最近色々ガタの出てきたiPhone 4と比べるとかなり快適です。iPhoneのRetinaほどのインパクトは感じませんが、やはりずいぶん表示も滑らかになりましたし。フロのフタと揶揄されたカバーも開くだけでロックが解除されるので結構便利です。

というわけで、新しいiPadでひとつ記事を書いてみましたが、時々キーボードがテキストに被って見にくいというの除き不便もなさそうです。これならどうしても物理キーボードが必要な時以外は、もうiPadだけで済ませられそうです。

ともに時を過ごそう/小沢健二「東京の街が奏でる」

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2012年3月21日(水)、東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルで開催された、「東京の街が奏でる 小沢健二コンサート 二零一二年 三月四月」の第一夜に行ってきた。

オザケンのライブに行ったのは2010年の「ひふみよ」がはじめて。それからもう、あっという間に2年近くが経った。当時、小沢健二の活動と言えば、雑誌に物語を連載しているくらいで、音楽関係は何年も音沙汰のない状態が続いていた。2006年に『毎日の環境学』というアルバムがリリースされていたが、全曲ボーカルなしでライブもいっさいやらなかった。だからその頃のわたしはもう生涯、小沢健二の音楽を生で聴く機会は無いのだろうと諦めていた。 続きを読む

「善きもの」とは何か?/高野山真言宗「実践カウンセリング講座」に思う。

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先日、京都の真言宗大本山智積院で開催された高野山宗教カウンセリング研修会「実践カウンセリング講座」に参加してきた。

これまで書籍で読んだくらいで、カウンセリングを講座で学ぶのは初めて。しかも、仏教系のカウンセリング講座だったため、どういう内容になるか想像ができなかったのだが、なかなか面白かったので一度感想をまとめておきたい。 続きを読む

「生きる」ことの前提は何か?/西村佳哲『自分をいかして生きる』

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西村佳哲さんの『自分をいかして生きる』(バジリコ)を読んでいて、びっくりする言葉にぶつかった。

それは「自分の仕事」とは、「自分の存在とつながった、いわば自己一致感の高い働きとして社会に差し出されるもの」であり、それは「自由=自らに由って行われること」だという話に続く、果たしてそれは可能なことなのかという疑問から生じたこんな一節だ。 続きを読む