科学的研究観の変化/岩壁茂『はじめて学ぶ臨床心理学の質的研究―方法とプロセス』

岩壁茂(2010)はじめて学ぶ臨床心理学の質的研究―方法とプロセス pp.1-31 岩崎学術出版社.

これまで心理学では論理実証主義と呼ばれる自然科学の定義に基づく研究が行われてきました。論理実証主義では、客観性と普遍性を重視します。あらゆる状況に適用可能な理論を導き出すため、研究では研究者の主観を排除し実験に作用する要因をコントロールして、出来る限り直接的な因果関係を明らかにしようとします。このように収集されたデータを統計的に処理し、変数間の因果関係を見出していこうとする研究が量的研究です。

しかし、近年、こうした研究の前提となっていた科学観に疑問が投げかけられました。果たして、観測者からまったく影響を受けない完全に客観的な現象はあるのか。もしあるのだとしても、そのようなものを人間が観測し、記述することが可能なのか。科学的研究が暗黙の前提としてきた客観的で普遍的な真実そのものに対して疑問が呈され、科学的な研究の条件そのものが見直されるようになりました。客観性と普遍性が科学の唯一絶対的な条件ではなくなったのです。

こうした中で登場したのが質的研究です。質的研究では人々の体験が作られる過程とその意味を、その体験の内側から捉えようとします。そのため体験を数値に圧縮するのではなく、語りなどを通して得られる体験の分厚い記述をデータとして分析を行っていきます。また、量的研究の仮説検証的なアプローチと異なり、データから仮説を生成していく帰納法的なアプローチを行います。

このようにして臨床心理学では実証主義に限らない様々な立場による研究が行われるようになりました。どこの立場に立つのかで、サンプルサイズやインタビュアーとの関係性といった研究計画上重要な点で下すべき判断も変わってきます。

実証主義に加えて、五つの立場が検討されます。ポスト実証主義では、研究者の主観を統制し完全ではなくても可能なかぎり客観的な事実に近づこうとします。構築主義では、現実は個々人がそれぞれに構築するものと考え、個人の生きている世界とその意味が作り上げられるプロセスを記述します。社会構成主義では、客観的な現実はけして言語化できるものではないと考え、むしろそのようなコミュニケーションに対して働く様々な影響力そのものを捉えようとします。フェミニストの立場では、女性に限らず社会・文化的な差別偏見の仕組みを理解し、変えることを目指します。また、ポスト構造主義では、近代社会の支配的な言説が構築される過程に注目し異議を唱えます。

松下 弓月

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松下弓月(まつしたゆづき)。たい焼きと映画とコーヒーと。最近は餃子が盛り上がっています。

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