ともに時を過ごそう/小沢健二「東京の街が奏でる」

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2012年3月21日(水)、東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルで開催された、「東京の街が奏でる 小沢健二コンサート 二零一二年 三月四月」の第一夜に行ってきた。

オザケンのライブに行ったのは2010年の「ひふみよ」がはじめて。それからもう、あっという間に2年近くが経った。当時、小沢健二の活動と言えば、雑誌に物語を連載しているくらいで、音楽関係は何年も音沙汰のない状態が続いていた。2006年に『毎日の環境学』というアルバムがリリースされていたが、全曲ボーカルなしでライブもいっさいやらなかった。だからその頃のわたしはもう生涯、小沢健二の音楽を生で聴く機会は無いのだろうと諦めていた。

だから、再びツアーをやると聞いたときには驚いたし、その初日に真っ暗な中で最初の一音が奏でられるのを聴いたとき、ほんとうに嬉しかった。それまでに聴いたどんな音楽よりも素晴らしい体験だと思った。

そして今、予想よりもずっと早く、ふたたび小沢健二の音楽を聴く機会に恵まれた。当然楽しみではあったのだが、コンサート当日になっても、思っていたよりずっと気持ちは盛り上がらない自分がいた。

Ustreamの生中継で作品集(やっと!)と展覧会の発表があり、コンサートに向けて盛り上がる要素もたくさんあった。それなのに、会場で席に着き、最初の音が響き始めても、あの時のような高揚感が沸き起こることはなかった。コンサートが始まればまたあの時と似た感覚を味わえると期待していたのに。でも、そうはならなかった。

それも考えて見ればあたり前のことで、前回とはあまりにも状況が違いすぎる。ひふみよは、長らく遠くへ行っていた人と久しぶりの再会だったのだ。もう会えないと思っていた人も少なくなかっただろう。だから彼が「お久しぶりです」と言った瞬間、会場にいた誰もが「おかえり」と叫んだのだ(たとえ口に出していなくても)。

いまパルコミュージアムで行われている展覧会や、先日リリースされた作品集のタイトルを「我ら、時」という(まだ行ってないのだが)。ひふみよ以来、「愛し愛されて生きるのさ」で、「我ら、時をゆく」という言葉が使われたりもしている。今回のコンサートでもメトロノームを使った、「時」を感じさせる演出が印象的だった。

思うに、「東京の街が奏でる」は、ひふみよで再会し再び「我ら」となったわたしたちが、ふたたび集まって最近どう?と言葉を交わし合うような場ではなかったか。「遠くまで旅する人」とのしばしの別れは終わり、「突然ほんのちょっと誰かに会いたくな」った頃。わたしたちは、ちゃんと会うことができるようになったのだ。

これが「我ら、時をゆく」という感覚なんだろうと思う。もうわたしたちは同じ時を過ごしているのだ。そう考えれば、この感じも悪くない。わたしたちはこれからも一緒に時を過ごして行くことができるのだし、それは別れの寂しさを知ったあとでは、何よりも嬉しいことだ。

あと、もう一度行く予定がある。だから、その時は一度きりの再会をふたたびと願うのではなく、「また来たよ」と声をかけに行こうと思う。

東京の街が奏でる 小沢健二コンサート 二零一二年 三月四月 第一夜:

当日聴くことができたのはこんな曲と語り。

前説:BOSE(スチャダラパー)
モノローグ:振り子

1,東京の街が奏でる ※新曲
2,さよならなんて云えないよ
3,ドアをノックするのは誰だ?
4,いちょう並木のセレナーデ
5,今夜はブギーバック/あの大きな心

モノローグ:文字とテクノロジー

6,あらし
7,いちごが染まる
8,それはちょっと

モノローグ:Believe

9,天使たちのシーン
10,おやすみなさい、仔猫ちゃん!
11,Back to Back

モノローグ:大人の世界

12,東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディブロー
13,僕らが旅に出る理由
14,強い気持ち・強い愛
15,春にして君を想う

モノローグ:人の体、街の体

16,暗闇から手を伸ばせ
17,愛し愛されて生きるのさ
18,ラブリー
19,ある光
20,神秘的 ※新曲

ダイアローグ:メンバーの紹介など

21,東京の街が奏でる ※新曲

松下 弓月

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松下弓月(まつしたゆづき)。たい焼きと映画とコーヒーと。最近は餃子が盛り上がっています。

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